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認証基盤のオープン化が移動通信事業のスケーラブル化に与える影響の分析

次は最近、私のところで博士をとった梅嶋真樹君の博士論文審査要旨です。いずれ大学のサイトで公開されるものですが、地域におけるインフラ整備のあり方や、通信産業の競争政策に大きな意味があるように思うので、先行して、ここで開示いたします。ご一読いただけたら幸いです。

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梅嶋真樹君論文審査の要旨及び担当者


タイトル:認証基盤のオープン化が移動通信事業のスケーラブル化に与える影響の分析

主 査 政策・メディア研究科委員 兼 総合政策学部教授 國領 二郎
副 査 慶應義塾大学 名誉教授 小檜山 賢二
副 査 政策・メディア研究科委員 兼 環境情報学部教授 村井 純
副 査 政策・メディア研究科委員 兼 環境情報学部教授 中村 修
副 査 政策・メディア研究科委員 兼 総合政策学部教授 飯盛 義徳

 梅嶋真樹君の学位請求論文は「認証基盤のオープン化が移動通信事業のスケーラブル化に与える影響の分析」と題し七章より構成される。

 総務省は2008年に地域が(大手通信事業者に依存することなく)自律的に広帯域移動無線アクセス(Broadband Wireless Access以下BWAと略す)を整備できるようにすることを目的として、地域BWA無線免許制度を創設した。同政策は人口カバー率というキャリアの整備目標では切り捨てられてしまいかねない、過疎地域のインフラストラクチャ整備に道を開くものとなっている。本研究はその制度を活用した地域インフラストラクチャ整備に主体的に参加しつつ、BWA事業のスケーラブル化の要件を検証したものである。なお、本論文における、移動通信事業のスケーラブル化とは、「技術的にも経済的にも自律した小規模移動通信事業の相互接続による広域運用」可能化を意味している。
 より具体的な研究手順としては、理論及び先行してスケーラブル化が実現していたWi-Fi整備 の分析を通じて、スケーラブル化の要件として、(1)インターフェースのオープン化、(2)接続不保証(ベストエフォート)な通信品質、(3)認証基盤のオープン化、(4)低コストの相互接続ネットワークの存在、という四つを抽出し、その四条件を満たす地域BWA事業を沖縄県伊江村と、愛媛県愛南町において設計・運用しスケーラブル化が再現されるかを検証している。結果として、2016年12月時点で四条件が達成され、自律的な運営が可能な状態が作られたことで、スケーラブル化が達成されたと評価できる状態が作られた。
 ところが、本研究を推進している間に発生した相次ぐテロを背景に、世界的にセキュリティへの関心が高まって、利用していたWiMAXの後継技術に、大手事業者の加入者認証設備に依存せざるをえないオープン性の失われた標準が採用された。結果として新技術が普及するにつれてスケーラブル化が後退する現象に直面してしまった。図らずも、通信サービスを行う上で必須の資源が独占、あるいは寡占から開放されていることを競争成立要件とする本研究が依拠した(産業組織論をベースとする)エッセンシャル・ファシリティ論の的確さを示すことになった。セキュリティ方式の選択によって加入者認証設備という新しいエッセンシャル・ファシリティを生み出すことがあるという、新しい発見をもたらしたということもできる研究となっている。

 本論文の各章の内容は以下のとおりである。
 第一章では、地域の自律的なBWAインフラストラクチャ整備を促す政策の説明と、それが理論的にはスケーラブル化の実現を意味していることの説明が行われている。
 第二章では、電気通信事業における競争政策の歴史の中で練られてきた、情報通信産業における競争可能性の理論研究の紹介が行われ、エッセンシャル・ファシリティ論とスケーラブル化との関係や、システム論をベースとする、自律分散協調モデルとスケーラブル化の関係について理論的な整理が行われている。
 第三章では、第二章で検討した理論を踏まえつつ、一足先にエリアカバレッジが狭いという短所を持ちながらもいち早くスケーラブル化を実現したと考えられるWi-Fiを題材に、情報通信インフラストラクチャのスケーラブル化の技術および事業設計上の要件の洗い出しを行っている。
 第四章ではWi-Fiでの検討を踏まえて、スケーラブル化されたBWAを実現するための、要件を特定している。すなわち上記の、(1)インターフェースのオープン化、(2)接続不保証(ベストエフォート)な通信品質、(3)認証基盤のオープン化、(4)低コストの相互接続ネットワークの存在、の四つである。これが実践活動の指針ともなり、研究上の仮説ともなった。
 第五章では、四つの要件をいかなる技術と事業設計で、実際のBWA事業に組み込んだかが解説されている。これはBWAのスケーラブル化が空想ではなく、実現可能であることを示す役割を果たしている。
 第六章では、開発した技術体系にもとづいて、沖縄県伊江村と愛媛県愛南町で実際に展開した模様とその結果を記述している。実際のシステムの技術的運用可能性や経済性はそれぞれの現場の気候等の地理的条件、そして自治体の経済状況などによって左右されるが、結果としていずれの地域においても、スケーラブル化されたBWA事業がいったんは成立したという結果を得た。なお、成立したという評価の基準としては、(1)外部接続以外については外部資源に依存しない運営が可能となる自律的な技術を実際に動かした、(2)利用者が汎用的なデバイスで利用することを可能とした、(3)年額100万円程度の収入で事業継続が可能であることを実証した、(4)小規模BWA事業の相互接続による広域運用を実証した、という四つの基準が適用されたことが報告されている。
 本章ではさらに、一旦、達成されたスケーラブル化が、認証基盤のオープン性が失われることで損なわれてしまった事実の報告がなされている。すなわち、本実証研究において採用したWiMAX技術の後継技術(WiMAX2)が、大手事業者の加入者認証設備とそれに紐づけられたSIM(Subscriber Identity Module)カードの配布を必要とする標準として採用したために、新技術の採用が進むにつれて地域事業者の自律的運営が技術的、経済的に困難になってしまった。理論による予測が見事に再現されたともいえるが、事業としては先が見通せない結果となった。
 第七章においては、研究開始時点では想定していなかった、セキュリティが新しいエッセンシャル・ファシリティを生み出して、地域の主体性に基づく自律的なBWAインフラストラクチャ整備を阻害する現象を中心に、本研究の含意について検討している。実際にスケーラブル化が損なわれてしまった現実を受け入れた上で、梅嶋君はセキュリティへの要請が、必ずスケーラブル化を壊すものでしかありえないのかを問うている。そしてハードウエアSIMと高価な加入者認証システムという組み合わせが、セキュリティを実現するために唯一の方式ではなく、他のスケーラブル化を損なわない方式がありえて、世界的にはその普及の機運があることを示している。そのような方式が、BWA事業に再度スケーラブル化をもたらしうるかについては、今後の展開を見守ることとなる。
付言するならば、恐らく梅嶋君は単に見守るだけでなく、今後もそれを証明する実践的研究を行うこととなると思われる。それは何より、地域が国や大手キャリアの方針に縛られることなく、自律的にインフラストラクチャを整備できる状態を作るという、もともとの政策や、それに共鳴して行動を起こした同君の理念を諦めずに実現する研究となる。

 本研究は、社会にとって重要なテーマについて、確固たる理論的な基盤のもとに、問題解決の視点と方法を提示し、それを単に観察だけではなく、実践を通じて検証を行っていく、実践知を重視する総合政策学の理想を体現するものとなっている。最終的な理念の実現という観点からは、道半ばともいえるが、ここまでの研究から得られた理論的、実証的な結論は今後の政策や事業設計に大きな意味を持つものとなっており、このタイミングでの博士号授与に相応しいものとなっている。特に、セキュリティを実現するシステム設計いかんによって、新しいボトルネック独占・寡占が生まれる認識を得たことは、情報通信業界の産業構造論に新しい断面を加えたものだと評価できる。

 このように、本研究は著者本人だけでなく、総合政策学研究に新たな発展の可能性を与えたものと評価できる。よって、本論文は著者が研究者として自立した研究活動を遂行するために必要な研究能力と学識を有することを示したものといえ、本学位審査委員会は梅嶋真樹君が博士(政策・メディア)の学位を授与される資格があるものと認める。


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